10Ks記念の、ただの思い出振り返り①(2006年の話)
KAT-TUNの充電前のラストLIVE、「10Ks!」
4/3ナゴヤドームと5/1東京ドームに参加しました。
あの日からもう2週間以上経ってるだなんて嘘みたい。
ツイッタ上ではオタクたちがまだまだ楽しく懐古祭りしてるのを見て、なのにKAT-TUNは充電してて、
なのに裏KAT-TUNが積極的に活動しているのを見て「なんだこの世界は…」と不思議な気持ちであります。
今更かなと思いつつも、なんだか自分の中にモヤっとした気持ちが残っているので、私も過去を振り返ってみたくなりました。
何のことはない、オタクのただの思い出語りです。長いです。
思い出故に美化してたり、記憶違いなとこもあるかもしれないですが、そんな時は生暖かい目で見るか、「いや、ちげえし」って言ってください。
■沼に着くまで
私がKAT-TUNと出会ったのは2006年3月。高1。
それまでは二次元に落ちてたものの、もともとアイドルに抵抗はなかったし、女子校だったせいもあって、クラスに一人は熱いジャニヲタが居て、色々と情報だけは耳に入っていた。
ただ、ごくせん2の時は「そんなに面白いか…?」なんて変につっぱったり
コンビニで仁亀表紙の雑誌見かけても「これどっちがどっち?区別つかん」って思ってたし
何よりジャニーズって、イケてる女子がリア恋枠でキャーキャー言ってるものだと思ってたから、自分とは関係ないものだと思ってた。
それでも金田一は好きで、ドラマみて「軽いwwはじめちゃん軽すぎるwww」ってなったし、
普通にのぶたも大好きで、Mステも好きだったから毎週見てたから、何回も修二と彰がパフォーマンスしてるのも見てた。
でも、まだその時は何とも思ってなかった。
■青天の霹靂
そんな所から沼への第一歩は、友人からの一通のメールだった。
「KAT-TUNが出るの忘れて外出しちゃった><
録画もしてきてない><
ホントごめんだけど、代わりに録ってくれないかな><」
その友人はその時 話題のアーティストにハマる傾向があって、
その時はたまたまKAT-TUNだった。
そんな友人からの何気ない依頼を受けて、私は【ミンテレ】を録ることになった。
ちゃんと録れてるかなー、と確認するために再生した。
これが、記念すべき第一歩。
ハルカナ約束~haha~SHE SAID...のメドレーを見て
あつい!閃光が!この体を!打ち抜いたよ!!!
「何これ、ほんとにジャニーズ?カッコよすぎる…」
そのあと、ちょっとだけ、「いや、話題になってるから気になるだけだし、そんな好きとかじゃないし」なんて謎の反抗もしたけど、結局落ちるのは早かったな。
RealFaceも3月22日に買いに行き(学校帰り寄ったらもう通常版しかなくて、しょんぼりしたよ!)(フラゲという概念がなかった!)(でもそのおかげ大好きなWillbeを手に入れられたよ!)
友人にDVD(海賊帆)を借り、何度も何度も見て、
その2週間後くらいにはアルバムとRealFaceFilmも買った。
ちょっと悪っぽくて、6人の個性が強くて、
「喧嘩とかもして仲良しじゃあないですけど、でも仲悪くはないですよ」っていう素直な感じが逆に好印象だったし、
何より、仁亀の1+1=∞みたいな関係が大好きだった。
4月末頃には6人の簡単なプロフィールは覚えきって、
2ndシングル「SIGNAL」の頃にはCD全種買うオタクになっていた。
「100曲くらいの中からこの曲選んだんすよ!」ってドヤってるKAT-TUNにプロ意識やべえ、かっけえ!って思ったし、
メイキングはわっちゃわちゃして可愛すぎたし、
この頃初披露されたSIX SENSESがカッコよすぎて死にそうになったし、
24時間テレビもあって仁亀お手紙ぃぃぃぃってなったり
過去の神様コンやごくせんDVD見漁ったりして
毎日いろんなKAT-TUNを摂取してどんどんどん沼に落ちて行った。
余談ですけど、どうして認知すると世界って変わって見えるんでしょうね。
ごくせん2最高じゃんか!はじめちゃんも修二もめちゃくちゃ可愛いじゃんか!てゆか田中。出てたの!?乞うご期待してたのに!!
■無期限の芸能活動休止
なのに、10月以降、赤西さんが留学するため芸能活動休止するって発表された。
芸能リポーターの中には、「もう帰ってこないでしょう」なんていう人もいた。悲しくて不安で泣いた。
たったひとつの恋に出る亀梨さんが、泣いてないのに泣いてるように見えて勝手に泣いた。
エンディング曲になっていた「僕らの街で」を祈るように聴いたけど、どんなに耳をすましても赤西さんの声が聴こえてこなくて泣いた。
絢香の三日月は仁亀ソングにしか聞こえなかった。
それでも、ベストアーティストのLOVEj事件や、聖が「期間限定の5人なんで」って言ってくれことを糧に応援していた。
帰ってくると信じて。
そんなこんなで、激動の2006年が終わった。
つづく。